「おしまいの断片」

 たとえそれでも、君はやっぱり思うのかな、
この人生における望みは果たしたと?
果たしたとも。
それで、君はいったい何を望んだのだろう?
それは、自らを愛されるものと呼ぶこと、自らをこの世界にあって
 愛されるものと感じること。

レイモンド・カーヴァー 村上春樹

長田 弘


まだ失われていないもの



何かがちがってくる。
風があつまってくる。
陽射しがあつまってきて、
やわらかな影がそこにあつまる。

見えないものがあつまってくる。
ふと、騒がしさが遠のいて、
そこから、音もなく
明るい塵があつまってくる。

すべてが、そこにあつまってくる。
花のまわりにあつまってくる。
ふしぎだ、花は。
すべてを、花のまわりにあつめる。

匂いのように、時間が
蜜のように、沈黙が
あつまってくる。
ことばをもたない真実がある。

空の色、季節の息があつまってくる。
花がそこにある。それだけで
ちがってくる。ひとは
もっと素直に生きていいのだ。


                  詩集「黙された言葉」より